100人ではなく、1人でも良い。

最近、熱心に参加してくれるようになった生徒から、けっこう衝撃を受けることがあります。
物事(クラス含む)をはっきり言ってくれることで、自分が伝えていることが間違ってない実感と共に、そして多くの感謝が生まれています。

100人にただ楽しく、それっぽく指導するのではなく、1人でも大変でも心からその意味が分かってくれる人がいることが重要で。
大変だけでなくそれを乗り越えていった時の衝撃は本人が一番知っていると思います。
そうじゃなきゃ、kayaは「かわいがり」と言われてしまうわ。
もちろん、身体が固いから出来ないなんてことはしない。
その部分に感覚・心の手を届かせることが大事じゃないですか。

なんて、キザな感じだけど。
キザって聞かないよな。死語的?

何度でも意識を向けて分かることがあるのは、本人も気が付き始めているし。
僕は救われています。
大事なのは、その感覚でしょ。
動き回って汗かいてスッキリもあると思うけど、kayaのクラスがそれではなく内にある部分にまで意識を向かわせてゆくこと。
その時に身体・心・呼吸が調律されているか、それによってもっと深く静かになり、すっきりするでしょ。
深淵たるところまで。
僕も課題です。

そんな出会いは運命的だし、ラッキーだと思います。
100人の友人ではなく、本物の一人の友人に出会うのと同じですかね。

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by studio_kaya | 2016-02-11 18:48 | つれ