要領のよさ

こんばんは。
いかがお過ごしでしょうか?

今日もクラスを終え、自分なりの反省及び、皆さんといかに正しく進化してゆくか考えていました。
クラスの終わりに言った言葉も皮肉めいていたかもしれませんが、それが分かる時が来ると信じています。
ヨガをすることが楽しいのはもちろん大事ですが、それだけでは無いですね。

ニュアンスは違いますが、Gurujiは享楽性と精神性の練習があると言っています。
どちらも持ち合わせていますが、そのどちらを行えるかは自分次第だと思います。

さてさて、題目こんなの書きました。
「要領のよさ」
ヨガを行う上で、それはどうでしょうか?
僕の勉強法は見ている人は分かると思いますが、恐ろしく遠回りをします。
少し気になったら、関係ない分野でも調べる。。あまりにもかけ離れた時のみリセットしますが。
こんなこと気にした事は無かったのですが、世の中では要領が良いほうが良く感じます。

ただ、ヨガを勉強・練習する上ではその必要は無く、要領悪いくらいで良いのかと思います。
要領良い人を観ていると、一度聞いただけでそれを行い、分かったような感じになる。
なので、それに対しての表面だけをさらって、深層まで目が届いていないような。
本質は表面だけ見てでも、もっと深いところにあると思います。
それは、地味に潜らないとみることは出来ないし、深層に光は届きにくいのかなと思います。

要領悪いだけに、何度でも練習を繰り返すし、練習すればするほど、新たな発見と共に見えてなかったところに手が届くようになります。
それは経験を繰り返して初めて分かること。
今日のマックスが明日のミニマムにななるような練習でしょうか。
精神的になるかどうかより、不細工でもよいです。
何度でも試してください。

来年で10周年と言っていたのを聞いて、今年は9周年なのに10周年お土産頂きました。
いつも、ありがとうございます。

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by studio_kaya | 2016-02-17 23:17 | つれ