ヨガは万能か???

 ヨガは素晴らしい。
 確かにそう思うし、ヨガ哲学の中でも「ヨガはサイコー!」って書いてある。「ヨガをしないと自分を良くすることはできない」とか。

 taeも、昔、東京でゴリゴリのヨガ人間とばかり、ヨガの世界にどっぷりハマってヨガばかりしていた時は、そう思っていた時期もあったし、「ヨガをしてないとおかしい!」とか「○○ヨガ以外はヨガじゃない!」みたいな風潮も感じたことも否めないし、人に「ヨガをやろうよ!」と無理に押し付けたりする人も多かった。
 だから、そんな人から「友達に一生懸命ヨガを勧めてるんだけど、どうしてもやってくれない。どうしたら友達はヨガをやってくれますか?」とか「友達はバレエをやっているのだけど、一緒に初めて○○ヨガをやりました。彼女は初めてなのに、全部簡単にできてしまいました。そんな彼女に、ヨガの良さを伝えたいのですが、どうしたらいいですか?」なんて話もよく聞いた。

 皆さんはどう思いますか?
 
 もちろん、ヨガをすることによって、自分を変えられたり、良くすることはできるだろうけど、それはヨガに限ったことではないとtaeは思う。もちろんそれがヨガだったり、恋愛だったり、香酢だったりする人もいる。

 ヨガに出会って、自分が変えられたり良くなったと感じるかもしれない。自分を変えられたり、良くできるものって、そうそう出会えないし、唯一かもしれない。
 
 だけど、ヨガが万人にとって、自分を変えられたり良くしたりするものとは限らない。
 人によって、それぞれだと思う。

 ヨガをしてる人は、みんな良くなって、いい人ばかりとは限らないし、それは何をやってる人も一緒。お寺の坊主でもクソはいるだろうし、心優しいヤクザさんだっているだろう。

 確かにヨガ哲学は素晴らしいけれど、それらの教えはヨガをやっていなくっても分かってる人もいるし、ヨガをやってても分かってない人もいる。
 宗教も一緒。どんな素晴らしい宗教だとしても、救われていなかったり、人殺しをしていたり。
 
 ヨガは万能か?
 ヨガを勉強していたり、ヨガにハマって夢中になると、「ヨガは万能だ」とか「ヨガの世界が全てだ」っていうような、そういう「錯覚」に陥りやすい。
 確かに、ヨガ哲学や、ヨガ哲学の源であるヒンドゥー教はそういう教えだ(「世界の宗教の中でヒンドゥー教は一番素晴らしい。まるで、すべての源流であるガンガーのように。だから、ヨガも世界で一番素晴らしい」って教え)。

 だけど、ヨガの世界も、客観的に見てみると、小さな偏った世界だと思う。

 taeは、確かにヨガに出会って変わった部分はあると思うし、ヨガに出会ったおかげで毎日健康で楽しく過ごせてるけれど、ヨガの教えにならって生きている訳ではない。
 もちろん参考にしている部分はあるけれど、「自分らしさ」っていうのは、ヨガをしたからって、インドに行ったからって全く変わらない。

 taeはヨガ&ピラティスしかできないのだけど、もっともっとtaeの知らない素晴らしい世界が果てしなくあるのだと思っている。
 その「素晴らしい世界」(某深夜番組の名前みたい)は、必ずみんな持っているし、みんなそれぞれ違う。
 taeは、他の人の「素晴らしい世界」を尊重したいし、またtaeは「ヨガは万能だから」と、押し付けたりしたくない。

 それが、他人を認める力だったり、自分とは違う世界や人々を受け入れる力、つまり、心の寛大さ・大きさだったりするんじゃないかな?

 自分とは違う世界や他人を認める力がつけば、もっともっと自分と、周りの人々や環境との関係がよりよくなったり、もっともっと自分の世界も広がるんじゃないのかな?今の環境が変わらなくても、その環境にいるのが楽になったり、生きるのが楽になるんじゃないかな?

 taeの職業としては、「ヨガは万能ですよ」と言わなければならないのだろうけど、taeは全く勧めない。ビジネスとしては失格だけど、やりたければやればいいのだ。それがkayaでもいいだろうし、kayaじゃないかもしれないけれど、それはtaeがわざわざ勧めなくても、自分で決めることだ。

 だから、最初の2つの質問を聞いた時、taeは「逆の立場だったら、興味のないもの(それが例え「万能のヨガ」であろうとも)を無理やり勧めるような友達はいらない」って思うし、「バレエやってるなら、無理やりヨガやらなくてもいいやん。あなたにとっての(万能の)ヨガは、友達にとってのバレエなんだし」って思う。

 kayaのお客さんは、ヨガで洗脳されたような人はいない。
 みんな自由で、強烈な自分らしさを持っていて、そして自分の「素晴らしい世界」をもっている。それがヨガならそれでいい。
 だから、みんな輝いているし、素晴らしいオーラを持っているし、本当に周りの人々や環境に対して細やかで優しい心遣いをもっている。「当たり前のコト」って言っちゃえばそれだけのことなんだけど、これだけたくさんの人が集まるとなかなか「当たり前のコト」がなってなかったりする。だけど、kayaには、そんな空気を乱すような人はいない。

 自分というものをしっかりと持ち、そして自分の世界を持ち、周りの人々や環境へ細やかな心遣いができ、そして、それぞれの目的に向かって、ヨガ&ピラティスに励んでいる。
 「それぞれの目的」は、決して「ヨガの本に書いてある素晴らしいヨガ哲学(サマディー?)」ではない。

 taeは、ゴリゴリのヨガ人間から見たら、ヨガをする資格も教える資格もないかもしれない。だけど、コリコリにひとつのことだけに拘ったゴリゴリ人間に何を言われても構わない。
 
 自分らしさを求めていたいだけだ。その、ある「ひとつの手段」としてヨガをやっているだけだ。
 自分がヨガによって左右されることはないようにしたい。
 
 taeは、素晴らしいみんなが集まるkayaを、そしてみんなを誇りに思い、感謝しています。

 
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by studio_kaya | 2010-05-20 16:26